ユリブロ

女装でマッサージセラピストゆりの人生苦節40年、血と汗と涙のブログ。美容を中心とした考える女装子の雑記ブログ。

品を求めてもがく男女の心〜絶品を目指そう

 

今、世の中では様々なスキャンダルが取り立たされていますが、

 

今回は“品”というものに焦点をあててお話したいと思います。

 

品を持っている人には、男性も女性も惹かれますよね。

 

品というのは、なんというか誰もが犯し難い高貴な雰囲気と、知性や清潔さ、色んな要素を併せ持った言葉です。

その極みを、上品、又は気品と呼びます。

 

しかし、男性も女性も究極的に品を求めていながら、誰もがその品に出会うことのできないような、求めれば求めるほどに遠ざかっていくかのようなジレンマの中で、お互いにもがいているように思えます。

 

たとえば男性は女性に対して、理想として安っぽくない人を求めるものだと思いますが、そうなれば、自ずと女性は自らの欲求渦巻く内面を面と向かって表には出すことができません。

 

はじめから、援助交際をお願いするとか、パパ活ですと公言して、お茶を飲むのは5000円とか、お食事は10000円とか、お泊りは50000円とか、帰りは必ずタクシーを呼ぶとかですね、決めておくと品に欠けてしまうものです。

 

でもこういう条件をあらかじめつけておいてパパ活をしている方もおられますよね。品がないと思われるかもしれませんが、その方がある意味では律儀かもしれません。

 

風俗やメンズエステ店でも、オプションというものがあって、これをするのは3000円、衣装チェンジで3000円とか、いちいちに値段がついているわけですが、こういうことは品がないということになってしまいます。ですが、心の根底においては、嘘偽りのないボーダーラインが存在するのも事実だと思います。

 

そこで、今騒がれていること、具体的に遊び方が悪いとかいう意見が飛び交っているなかで、求める男を許して遊んだ後で、結果、安っぽく扱われたといって不満になってしまうケースがあるわけですが、それは上述したボーダーラインがあるという事実を男性側が見過ごしていたということになります。

 

だったらはじめから条件をつけておけばいいといっても、品がなくなるから条件はつけません。

 

そうやって誰もがもがいているのかもしれません。

 

誰もが自分のことを大切にして欲しいけど、気品を保ってなにも得るものがないとしたら、結局それはなにも生まず、ただ孤立してしまうだけかもしれません。だから、どこかでいつも折り合いをつけて、男女は悩んでいるのです。

 

 

ではどうしたらよいのでしょうか?

 

女性自身が気品を保って良い男性と出会うにはどうしたらいいのでしょうか?

 

女性が品を保つためにはギリギリまで男に我慢をさせることが必要ですし、

 

女性も欲望を隠せずに勇み足になってしまってはいけないですし。

 

しかし、どこかで痺れを切らして、これだけ高い品を提供したのに何も見返りがないといって不満が出てきてしまうと、問題化してしまいますし。

 

なぜこうして微妙に駆け引きというものに左右されてしまうのか、

そう考えるに、

 

生活に余裕があるのかそうでないのかということになってくると思います。

 

男に依存しすぎていると、どうしても男の求めるままにしてしまって、軽く安っぽい女になってしまうし、いくら痩せ我慢しても途中で我慢できなくなってしまいます。

 

だから生活面で安定し、自立しなければならない。

 

自立をすれば、相手に左右されることがなくなりますし、困った時は女が男を買ってきて好きにすればいいのですから。その中で、痺れを切らして去っていく男性もいますが、それにも左右されずに我慢強い女にならなければならないのだと思います。

 

そして、良い男性と出会い、気品溢れる生活を手に入れ、お相手の男性も品を保つことができ、2人は愛し合っていて触れ合うだけで感じ合うことができる、ようやくそんなお互いに理想とする関係になれます。

 

そう辛抱して、努力して、やっと手に入れられるものなのかもしれません。

 

しかしそうなるとどうでしょうか?

果たして、それが本当に幸せなのでしょうか?

 

そこまで行くには、とても険しい道のりと、自分を律する厳しさ、それに富が必要だと想像できます。

 

でもそこにもし、たとえ1回でも強制的にその信念を壊そうとする人と出会ったら、どうしたらよいでしょう?

 

そういう人というのはそんな時に現れるものですし、そうした汚れなき女性に手を出したがるものですから。

 

そんな新たな問題も出てきます。

 

もしそうなった時に、一度汚れた自分に果たして耐えられるのでしょうか?

 

自分の内側へ何度も問いを繰り返す悩みの中、傷ついた心とどれだけ向かい合えば、元の気品あふれる姿にたどり着けるでしょうか?

 

比叡山延暦寺会館 #比叡山への旅

 

憎しみ一杯の心で、一体誰がそんなところまで到達できるのでしょう。

 

ならば、男も女も、時には傷つけあっても、普通にそれなりに幸せだったらいいんじゃないかと私には思えてきます。

 

もしかしたら、強く生きるためには、世間一般でいう品なんていらないのではないでしょうか。とても脆く崩れやすいものなのではないでしょうか?

 

本当の品とは、ただ汚れていないということではなくて、酸いも甘いも噛み分けて誰にも壊すことができない次元のものでなければならないのではないかと思います。

 

壊されることに怯えていないで、いつも楽しく生きていたい。

 

そういうスタンスでいて且つ、強くいきなければならないのではないでしょうか。

 

私もセラピストのお仕事をする中で、いわばショーケースに入れられた1つの商品なので、男性が新しい人やレアな人、品のある人を求めるのが常です。

 

しかし、あまりそういう所に身を置かないようにと思っています。

 

そう結局は、そういうお客さんしか取れなくなってしまうし、捨てられるのがオチなのです。

上品や貴品というのは、とても脆いものなんです。

 

無理せずに楽しむ中で、本当に気が合うお客様と出会うことができれば、それでいいんじゃないかなって思っています。

 

そんなスタンスでいこうと思っています。

 

そして私は、その中で、唯一の絶品、又は逸品を求めて行くことが、真の仕事への道だと思います。