ユリブロ

女装でマッサージセラピストゆりの人生苦節40年、血と汗と涙のブログ。美容を中心とした考える女装子の雑記ブログ。

紅しょうが男から見る人間の趨勢〜悪ふざけする時代が終わったら

 

紅しょうが男に懲役2年4ヶ月

 

先日逮捕されました、吉野家で紅しょうがを直箸で食べた男に、懲役2年4ヶ月、罰金20万円との判決が下されました。

本人は動画を撮っていた友人を笑わせようとしてやったとのことで、もちろん紅しょうがも直箸で食べると、他の人が食べられないのは分かっていたとのことです。

お店や他のお客さんからすれば、とても笑えるものではありませんね。

ニュースを見ている人だって、殆どの人が気持ちの悪い思いをしたでしょう。

 

しかし、重い判決が下りました。

こんな馬鹿らしいことをしてでですね、懲役2年4ヶ月もの刑に処されるわけですから、本人にしたらとても重い判決でしょう。

 

昨年から、回転寿司店やラーメン店で、SNS動画でお店への迷惑行為が発覚し続けておりますが、こういった実刑判決が下り、これから先どうでしょう?減っていきますでしょうか?

 

今回は、こうした人の迷惑行為から、ユリなりに人間の心理を読み解いていきたいと思います。 

よろしくお願いいたします。

 

 

 

バレなければOKが通用しなくなる!?

 

人間誰もが人の見ていないところで、大なり小なり悪さするものです。私だって、いつも外では大人しくしてますが、車の中では日頃溜まっているストレスを吐き出したりしますし、そんな時は人の事悪く言ったりするものです。

まあそれ位ならともかく、相手が分からなければ、陰で何を言っても何をやってもいいと思ってしまう部分が人間にはあるし、逆に言えばそれが人間の自由でもあるわけです。

たまに仲間内で誰かの愚痴を言っていた所、毒舌的なお笑いに発展してしまう、なんて時もあるでしょう。

でも、言われてる方はちっとも面白くもなんともありませんよね。

人生長く生きていたら、誰だって経験なさるのではないでしょうか?

言われたこともあるでしょうし、誰かのことを言ってる側に居合わせたことも沢山あるはずです。

たちの悪いのは、そのグループや仲間同士でやればやるほど、バレるかバレないかギリギリのところでエスカレートしていくこと、人にやってはいけないことや、言ってはいけないことをしてスリルを共有して面白がる点があることです。

 

言ってみれば、それが所謂、悪ノリ、悪ふざけというやつですね。

今回の吉野家紅しょうが男に見る心理も、同じ延長線上の上にあると思います。

 

しかし、それが少し通用しなくなってき始めているのかもしれません。

基本的に、今回の件などのような事は、私は昔からあると思います。

ただ、SNSが全盛の時代になって誰でもカメラをとったりできる時代になったがゆえに、恐らく、それがたまたま何かのミスで表に出てきただけの話です。

 

これからはさらに、監視カメラも増えてくるでしょうし、世の中の監視体制はどんどん進んでいくでしょう。こうした、ブログもそうですし、Xによる誹謗中傷の逮捕者など、いずれ増えてくるに違いありませんし、規制も次第に厳しくなっていくことでしょう。

 

また芸能界の騒動にも見られるように、ガーシーさんや松本人志さん、ジャニーズ事務所さんの件にしても、今まで明るみにならなかったことが、SNSを通して表に出てきたことも、その一連の流れだと思います。

 

もうバレなければいいという時代は無くなりつつあり、悪ノリが通用する時代ではなくなってきたのです。

 

 

悪ノリにウンザリしていた人達の逆襲は恐ろしい

 

書いている間に、一つ私が経験したエピーソードを思い出しました。若い頃、あるグループ活動をやっていた頃の話です。当時、私達は皆でホームページを運営していました。そのホームページの掲示板にあるメンバーが、私のファンだという人間になりすまして書き込みをしました。私はどうしていいか困るばかりでしたが、そうして人を騙してる側は面白がるのですね。恥をかかされたというか、自分を皮肉られた気持ちは今でも思い出すと腹が立ってきます。

 

大多数の人が、悪ノリや悪ふざけを見ている側でしょう。冷静にそれを見ている人達は、謝って許してくれるほど甘くはありません。

 

同情も妥協も一切なく、心を鬼にして社会からそうした風潮が抹殺されても何も思わないでしょう。悪ふざけして面白がることのない人からすれば、無くなっても構わないことなのですから。

 

もしかしたら、今回の吉野家紅しょうが男に関しても、動画を撮っていた友人がSNSにアップしてしまったのですが、それも単なるミスとは断じられません。普段からフザケていた紅しょうが男に対して少しウンザリしていたのかも。ことが大きくなりすぎて後悔しているかもしれませんが、実はそうして普段からフザケた行動を近くで見ている人が故意にした可能性だって考えられます。

 

誰であっても油断しているとこのような落とし穴に落ちる可能性があって怖い世の中になりました。

 

そうして、このような事件が次第に明るみになり、広く拡散していく中で、世の中はそういう事に対し厳しく対処していく方向に向かうことでしょう。

 

 

 

大きく見て人間は何処へ向かっているのか

 

それらの流れを大きく見た時に、人間はどこに向かっていくのでしょう?

 

いたずらや、悪ふざけ、誹謗中傷などが封じられる方向に向かうということは、いわば、人間の愚痴が封じられていく方向に向かうということ。

ある種の世の中のあらゆるアンチテーゼである愚痴が封じられていきます。

吉野家の件にしても、本を辿れば真っ当なものへのアンチテーゼ、皮肉です。

しかし、こうした愚痴が抑えられていくということはどうなるのでしょうか?

愚痴に蓋をしてしまっても、いつかどこかで何らかの形で発散されることにはならないでしょうか?

 

 

 

言葉で表せないどんよりした空気になっていくかもしれない

 

どんよりした空気に、時に殺気立った空気になるかもしれません。

 

発散できずにいる愚痴は、やはり形を変えて発散されるからです。たとえば、人間は言えなくなったり、やれなくなった時に、舌打ちをしたり、ものを乱暴に扱うということをするからです。

 

そうなるとやっぱり空気は良くならないのかなと思います。

それが、溜まりに溜まって爆発した時に、喧嘩や事件になるケースも出てくるのではないでしょうか?

 

結局、外からの圧力で、監視カメラを増やしたり、盗聴をしたりして、いくら監視をしても、今回のようなフザケた連中を押さえつけたとしても無駄ではないでしょうか。完璧な社会はあり得ません。

 

いつか何処かで、溜まったストレスを昇華させなければならないです。

もしかしたら、吉野家の紅しょうが男のような人はまだまだ可愛げがあるのかもしれません。

私はある程度の所で線引をして、ガス抜きとして悪ふざけする余地を残しておくのも手じゃないかなと思います。

 

皆さんはどう思われるでしょうか?