ユリブロ

目指せ奇跡の50代、遅咲き男の娘ユリのブログ。略して『ユリブロ』

 

短編小説「ずっとあなたの側にいられない」〜第6話

日本の将来

この日、幸子と吉彦は同僚の矢島とその妻朋子を家に招いた。

二人がこの家にやって来て4人が揃うのは三月に一回程度のことで、決まって焼き肉を焼いて食べながら話しをした。

行きつけの精肉店で肉を準備してくる矢島夫婦を待つ間に、吉彦達は焼肉用のグリルとサラダやワインなどを準備をする。

 

 

そうしている時間は早く過ぎるもので、玄関のチャイムが鳴った。

両手に肉の袋をぶら下げて、矢島夫婦がニコリと二人へ挨拶をした。

4人とも回数を重ねて自分の席も弁え慣れた様子で、段取り良く食事が始まる。

そして、お互いに準備してきた肉の味や、サラダの味やこの日のワインのこと、焼肉を焼くグリルの鉄板のことまで、一通り褒め合ったあと、吉彦が決まって真面目な話をするのであった。

 

 

「しかし、日本の将来はどうなるものか。俺達が定年する頃には今よりも日本の借金は膨れ上がっているだろうし、税金も上がるだろう。年金なんてどうなるかわからん。受給年齢も引き上げられて、月々の年金の支払額も増えるに違いないよ。」

自分の世界に入って話しを始める吉彦を片目にして幸子が朋子に小さく目配せをした。「また始まったわよ」と言わんばかりの合図である。

「あなたよくその話しするわね。結局答えなんか出ないじゃないの、いつも。」

「いや、そうなんだけど。ずっと考えていて、自分でも最近いいところまで考えが至った気がするんだ。ちょっと聞いてくれないかい?」

「わたし、結構そういう話し好きです。吉彦さんの考え教えて。」

今度は朋子が幸子に小さく合図した。幸子は朋子の言葉とは裏腹な顔を見て吹き出しそうになるのを堪えた。

 

 

そんなこととは露知らず吉彦は話しを続けた。

「日本の借金は膨れ上がるばかりで、現在1300兆円にもなってしまった。それでだな。なんでここまでになったかっていうとだ。」

「毎年毎年、お金を使いすぎなんですよね、先輩。」

「そうなんだ。昨年の税収72兆円に対して、予算は114兆円。こんな財政を毎年毎年やっていて、物凄い勢いで借金が増えていっている。それで、いつも専門家達が言うこと、このままでは日本が破産するのかしないのかということ。この水掛け論が永遠と続いて、終いにそんな話はしいつか消えてしまうんだ。」

「先輩、でも俺はなんかこのままズルズル破産もしなけりゃ何も変わらないでズルズル行くんじゃないかと思います。だって、随分昔からそんなこと言ってるでしょ?なのに何も起きやしないじゃないですか?そうじゃありませんか?」

「そうなんだ。そこなんだよ。」

「そこって?どういうことですか?」

「気持ちの問題なんだ。」

「気持ちの問題?うーん、気持ちの問題って言われてもピンきませんね。最後は気合でなんとかしろっ的なことですか?」

 

 

女性二人は話しの邪魔にならない程度に、二人して合図をしては時折、矢島も交えて、吉彦の話し半分、揶揄半分であった。

当の吉彦はアルコールが回ってきた様子で、話しに熱が入り出す。

「いや、そうじゃなくて。気持ちの問題なんだよ。そうなんだ。いつしか日本は毎年借金をするようになった。何故、借金をしているのかと言えば、それは生活を維持するためだ。つまり、今の生活を維持するためには普通に働いて得る収入だけでは賄えないということだ。となるとだな、毎年毎年そうしているうちに感覚がズレていくんだよ。本当はもっと働いて稼いで手に入れなきゃならないものを、借金して楽して手に入れてしまっているってことになってくる。そうしていると、いつの間にか俺達は勘違いしてしまうんだよ。勘違いっていうのはだな、コレくらいの働きでも暮らしていけるって。でも世界はそうじやない。ひどい暮らしの中で1日中必死に働いて貧しい生活をしている国もある。そういう国の人と日本人との間の感覚のズレというものが、将来の差を生んでいくんだ。つまりだ、日本は将来沢山の国々に全てにおいて追い抜かれて没落していくんだよ。というわけさ。」

吉彦は一頻り話して急に空腹を感じた様子で、肉を黙々と焼いては貪るように口へと運んだ。

3人はそれを見て互いに顔を見合っては、笑顔になって、皆で静かに焼肉を食べた。

しばらく他愛もない話をしながら時が流れた。

 

 

「先輩、ちょっとさっきの話しに戻りますけど。俺思ったんだけど、イーロン・マスクっていますよね?アメリカの電気自動車のテスラの会長の。そのイーロン・マスクって最近、株主総会で多額の報酬が支払われる決定がされたんですよ。」

幸子と朋子は矢島の方を見て、「また始まるじゃない!もうやめなさいよ!」と言わんばかりに二人共しかめっ面をする。

「確か、日本円にして8兆だか9兆のとんでもない報酬だよね。」

「ええ、そうなんですよ。桁が違うんです。でもイーロン・マスクっていうのは、別にテスラを1から作ったわけでもなくて、途中から出資する形で会長になって、元の創業者は今は追い出されてしまって、それほど苦労せずにイーロン・マスク1人成功を勝ち取ったようなもんなんです。それとさっきの先輩の気持ちの問題っていうのと重ねると、どうなのかな思いましてね。」

「そうか、なるほどな。だったら、イーロン・マスクは何れ没落していくのか。。あんなに腐る程稼いでお金の価値も有り難みも無くなってしまって、いつかは誰かに追い抜かれるってことか。」

「もう止めましょうよ。そんな硬い話し。頭が痛くなってきちゃうから。ね?もう今日はこの辺で終しまい。」

堪りかねて言った幸子に朋子がグーで合図をした。

 

その後、4人は自分達の将来や夢について語り合っては、酒を飲んでは夜が更けていった。

 

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