幸子と朋子のアフタヌーンティー
幸子が朋子といつものようにアフタヌーンティーに出掛けた。二人の行き先は、街の高級なシティーホテルの高層階にあるカフェレストラン。
日頃味わうことのできない贅沢で優雅な空気を味わいながら会を楽しのである。
お決まりのアフタヌーンティーセットは、女性が憧れを懐く全てがそこに詰まっているかのよう。
紅茶が注がれるイタリア製のティーウェア。
金色に輝く三段のケーキスタンドには、一番下のお皿にチェダーチーズとハムのサンドイッチと飾付けのウインナーロール、二段目のお皿にはオレンジとチョコレートのスコーン、最上段には。季節のフルーツがのったケーキが用意されている。
二人は何度も、ティーウェアに様々な種類の飲み物を入れ替えては、非日常の世界の幻想と、日常を重ね合わせていくのだ。
所謂、こうして時には、誰にも話し声も手も届かないであろう、高級なホテルの高層階までやって来て、互いの結婚相手の愚痴を溢し合ったり、互いの理想を話して楽しむのである。
二人は共に、専業主婦であり、歳も近く、とても気の合う者同士。
大きく違うところは、互いの夫の性格くらいだろう。
幸子の夫は、同い年の生真面目で、硬派で朴訥なまでの男。朋子の夫は、少し年下のヤンチャの過ぎる、所謂、遊び好きな男である。
いつも、幸子から朋子を誘って、会を重ねるごとに、朋子は何処か自分の夫と似通った所のある幸子のラフで、何でも言葉にして話す価値観に、自然と染まっていくのであった。
「ねえねえ朋ちゃん、聞いてくれる?」
「なに?お姉さん。今日は何があったのかなぁ?」
朋子が幸子の相手をするのも手慣れた様子である。
平日の午後で、お客の数は疎らだった。二人は奥広い店内の、一番奥の角の席を陣取っていた。窓に映るビルたちを尻目に、羽を広げて好きなことを言い合うのである。
周りに店員も、そんな彼女たちへ絶妙の距離感を保って配慮している。しかし一応、二人は周りに目を配りながら、誰も居ないのを確かめながら、幸子がため息を付くように話し始めた。
「ほんと、うちの夫ったら、クソつまんないわ〜。なんで私、あんな男と一緒になっちゃったんだろ?」
吐き出す言葉は、とても熟年の女性とは思えないラフで荒い言葉。幸子の普段抑えつけて、押し殺してきた心の内の数々が口をついて出てくる。
「姉さんのいつものが始まりましたね。でも、25年も一緒にいるんですもんね。夫婦円満じゃない?」
「とこがよ?あんなクソみたいな奴と一緒にいると、息が詰まって死にそうになるわっ。あーしんど。ほんとに疲れちゃう。気が狂いそう。」
幸子はいつもの調子で、夫・吉彦の愚痴をこぼす。はじめは幸子も朋子に気を遣って、こんなにも荒ぶる様には言わなかったのだが、会を重ねるごとに言葉は、段々激しくなっていった。
不自由無く暮らしているように見える幸子の生活の悩みは、夫が退屈であることだけであった。
「朋ちゃん、誰かいい男いないかなぁ?この前みたいにさ、また二人で飲みに行こうよ。めちゃくちゃ楽しかったんだもん。また行きたいなぁ。」
「そうですね。幸子さん楽しそうでしたものね。少し年下のリーマン系にナンパされていい感じになってましたね。あれからどうなりました?」
「うん(笑)、めちゃ良かった。また会いたいなぁ。」
朋子の夫は、幸子のそれと違い頻繁に遊び歩いており、まっすぐ家に変えることなどこれまでに殆ど無かった。夫が他の女性と遊んていることも分かっていて、何故か気にせず彼女も彼女でそれなりに楽しむことにしているのである。
いつも幸子と共にアフタヌーンティーの後は、夜の街に繰り出して、逆ナンをしては、大いにハメを外すのがお決まりのコースであった。
しかし、そんな遊び人の夫を持ち、自らも遊びに興じている彼女は、自分には縁の無かった、幸子の夫・吉彦のような真面目な男に、惹かれてしまうのも否めないようである。
「お姉さんの気持ちも分かりますけど、私もたまには吉彦さんみたいに一途に愛してくれる人がいいなぁ。」
「なによ、朋子〜。あんなクソつまんない奴のどこがいいのよ?!いつでもあげるわよ。あんな男。きしょいわ。」
「幸子さん、面白いっ(笑)、そのギャップがたまらない。」
幸子は、普段の上品で気品ある佇まいとは、本当にかけ離れた性格の持ち主であった。普通の男はそれを決して見抜けはしなかった。
しかし、夫・吉彦にしてみれば、そういう秘めた幸子にのめり込むのも無理はないのかもしれない。
午後のアフタヌーンティーをティーウェアに注ぐように、彼女らの話はとめどなく心の奥深くへと注がれていく。紅茶に、ケーキに甘い好物を口にして、とめどなく愚痴が流れていく。
世の中では、いくら生活が裕福で安定していたとしても、それは必ずしも幸せとはイコールでないことを、彼女達が代弁しているかのように振るまっているかのように。
振り子が振れるように、望みは時には激しく熱くさせ、時には、静かにそっと抱きしめてくれる。そんな人生の我儘を謳歌して、いつも無い物ねだりをしながら、欲望の数々を求めて歩くのである。