ユリブロ

女装でマッサージセラピストゆりの人生苦節40年、血と汗と涙のブログ。美容を中心とした考える女装子の雑記ブログ。

松本人志さんと当時19歳の女性、2人の衝突から見える人間像

今、世間では松本人志さんの性加害疑惑報道の件が話題で持ちきりですが、私の今思うことを書きたいと思います。

 

この件が起きてから、毎日のようにXやYouTubeで松本さんのことを目にして、毎日のように考えています。 

 

それだけ私もテレビに映る松本人志さんに影響を受けた一人です。

 

私は関西出身なので、ダウンタウンが関西ローカル番組『4時ですよ〜だ』をやっている頃から見ていました。ダウンタウンが東京に出て成り上がっていくのを見ながら、私も一緒に歳を重ねてきました。

 

これまでダウンタウンがただ単にテレビの中の人であるというだけで、そんなに真剣に松本さんがどんな人なのか、どんな性格なのかとか、あまり深く考えてこなかったように思いますが、今回のことで少し立ち止まって、改めて、一人の人間として少し見ることができていて、こうして考えるに至ります。

 

8年前や20年前の飲み会での出来事の中で読み取れる松本人志という人物像について私なりに感じたことをお話したいと思います。

 

私の印象として、

とても仕事に対して真面目で、人間関係にはちょっと不器用なのかなという印象です。松本さんご自身も、映画に起用されてきたキャストの方などを見ていますと、どこか世間の真面目で不器用でという人を好まれているような気がします。時に、「才能のある人が認められないのは辛い」と涙ながらに仰っていたのを思い出しますが、こうした自分と重なる真面目で頑張ってる人達が人間関係などで不遇な目にあっていることに対して仰っているのではないかなと思ったりします。

 

いわゆる世間一般の良く言えば、常識を持ったコミュニティにいる人達、悪く言えばあまり物事を深く考えずにいる大衆に迎合している人達、そんな一般的なその他大勢の人達と反対に、物事を深く考え真摯に向かい合ってこられた、悪く言えば、時に神経質に、常に生きるか死ぬかの真剣勝負をするくらい物事に向き合って生きてこられたのかなと思います。

 

放送室というラジオで、こんなお話をされていたのを思い出します。ダウンタウンDXに出演した若手芸人に対して、「ダウンタウンの番組によく丸腰でこられるなと、普通は前もっていろいろ考えて、ああ来たらこれでいこうとか、いろいろ考える。今の若いもんは度胸があるというかなんというか」と仰ってました。こういうことに凄く腹を立てられる方なんですね。つまり、ものすごく真面目な方なんですね。

 

文春の第4 砲には、当時19歳のタレントの方が松本さんに人格否定されるような罵詈雑言を浴びせられたとのことですが。これも何となくその場での両者の状況や気持ちは察せられるような気がいたします。

 

19歳くらいの若い女の子というのは、多くの人が欲しがるばかりになってしまって、自分のこと以外の様々なことは何も考えていないのが普通だと思います。でも中には、芸能界で生きていくにはただ可愛いだけじゃだめだ、いろんな苦労をして、嫌なこともして大御所の人とお付き合いをして、教えてもらうことが大事なんだと考える昭和な人もいると思いますが、多くがそうではないでしょう。

 

ほとんどの人が軽い考えで、テレビの中のイメージのままの芸能界という世界へ飛び込んで、そういう場に足を踏み入れてしまうと思います。

 

尚更、お笑いという仕事は人を楽しませることしか表に出ていないわけですから、その苦労など若い女の子が知る由もないわけで、松本さんに対してかなりのギャップを感じたのではないでしょうか?

 

そうなると状況的に、お互いが通じ合うとは考えにくく、19歳の女の子が気難しい叔父さんに怒らるのは想像できるし、当然といえば当然なのかなと思います。そこに歯止めをかけてくれる大人がいなければ、そうなって当然です。

 

私も昔、20代半ば頃に、ロックバンドをしていてメンバーに若い19歳前後の女の子2人と活動していたことがありました。その女の子達は音楽のことなんてほとんど知らなくて自分の世界が全てであって、ファッション感覚のような感じでした。でもバンドを自分達の思うようにしたくて、何もできないんだけど、譲れない自分の世界をもっていました。

 

その世界を実現するには並大抵でない努力に立ち向かう謙虚さが必要だからと、私はそういう潔癖さを当時求めてしまっていたから、その子達のことががとても苦手に感じていました。

 

そんな私が経験した状況から重ねてみると、その女の子に対して松本さんが怒ったことは、普通の女の子がお笑いの頂点を目指す気概にぶつかったときの余りにもかけ離れた両者の価値観の違いが起こしたにすぎません。

 

しかし、厳しい世の中で生きていく為には、19歳の女の子にとって良薬口に苦しが如くに、生きる大変さを知るには良かったとは思います。しかし、それと同時に、そのトラウマに思える経験を客観的な事実として飲み込めるだけの相談相手が必要でしたが、それが叶わずにここまで来てしまったのかもしれないと思います。

 

この問題は2人にとって、生きていき成長していく中で、誰もが持っているとても身近ともいえる話で、誰もが一度は経験していることのようにも思えます。

 

裁判などで解決して、どちらが正しいか正しくないのか、明確になることが問題ではなくて、お互いに気持ちを伝えあい、少しでも分かり会うなかで、客観的に当時の自分達含めての事実・状況を受け入れなければならないというところではないでしょうか。

 

裁判官が良い仲介をして、お互いの気持ちが落ち着いて、和解の方向へ導いてハッピーエンドになることを祈りたいと思います。