ユリブロ

女装子ゆりのブログ

 

 

小説『女装刑事クミ』⑩


 

カサンドラの密議、証拠の行方

 

​ 湯気と殺気から逃れるように、工藤たちは新世界の細い路地を走り抜けた。

 辿り着いたのは、古びたビルの二階にある女装カラオケスナック「カサンドラ」。重い扉を開けると、昼間だというのに厚いカーテンが引かれ、ミラーボールの光だけが虚しく回っていた。

​「……あら、おかえり。えらい凄惨な顔して戻ってきたわね」

 カサンドラのママが、紫煙の向こう側から工藤たちを迎えた。彼女は女装子たちのネットワークを通じて、すでに東京での騒動と参事官の失脚を察知していた。

​ 工藤は、ラジウム温泉の掃除屋から奪い取ったナイフをカウンターに置いた。

「ママ、悪いな。しばらくここを貸してくれ。……それと、これを解析してほしい」

​ 工藤が差し出したのは、竹内の遺品から追い続けてきた例のSDカードだった。

 ママは店の奥から古いノートパソコンを取り出すと、慣れた手つきでカードを読み込ませた。画面には、有松汚職の証拠書類とともに、一連の不可解な「16桁の英数字」が延々と羅列されていた。

​「これ、ただの汚職の記録じゃないわよ。……特定の暗号資産のウォレット、それも海外の闇銀行に直結してるアクセスキーね」

 ママの言葉に、工藤と立花が顔を見合わせた。

​「つまり、竹内はこのキーを盾に参事官を強請っていただけでなく、隙あらばその巨額の裏金を奪い取ろうとしていたのか……」

 立花が呟く。

「だから、参事官は失脚してなお、このカードを回収するために『掃除屋』を差し向けているんですね。これが世に出れば、警察庁そのものがひっくり返る」

​ その時、店の隅で工藤の上着にくるまっていたレイナが、静かに顔を上げた。

「……竹内はね、私に言ったわ。このカードがあれば、二人で新しい世界へ行けるって。でも、私はそんな汚れたお金で自由を買いたくなかった」

​ レイナの瞳には、かつて「覚」として生きていた頃の純粋な影が宿っていた。

「工藤さん。……すべてを終わらせる場所は、やっぱりあそこしかないわ。通天小町。あそこのVIPルームに、竹内が隠していた『本物の原本』がまだ眠っているはずよ」

​ 新世界の住人たちが、自分たちの聖域を守るために動き始めていた。

 窓の外では、**「増田理容店」の主人がさりげなく周囲を警戒し、「スギドラッグ」**の店員が、刺客たちの動きを逐一ラインでカサンドラのママへ伝えてくる。

​「よし、作戦開始や。立花、お前は『メガドンキ』へ行け。最終決戦のための装備、もう一度揃え直すぞ」

 工藤は再び、クミとしての魂を呼び覚ます。

​「クミさん。……今度のヒールは、14cmじゃ足りません。この街の悪意を全部踏み潰せるくらい、高いやつを用意します!」

 

 

​メガドンキの再装備、決戦の化粧(メイク)

 

​ 新世界の入り口に鎮座する、黄色い看板の巨大迷宮。「メガドンキ」の店内は、昼夜を問わず流れる喧騒としたBGMと、ありとあらゆる商品が積み上げられた独特の熱気に満ちていた。

​ 立花は、店内の鏡の前で真剣な眼差しを向けていた。彼女が手に取っているのは、かつて工藤を「クミ」へと変貌させた、あの安価で派手な化粧品やウィッグではない。今回は、より「実戦」を意識した装備が必要だった。

​「クミさん、これなら……」

 立花が選んだのは、一段と強固な補正下着と、夜の新世界に溶け込みつつも圧倒的な存在感を放つ、深紅のラメが施されたロングドレスだった。そして何より、特売コーナーの隅で見つけた、特注サイズの14cmピンヒール。その踵(ヒール)は、もはや靴というよりは、鋭利な武器のように研ぎ澄まされていた。

​ 一方、工藤は「カサンドラ」のバックヤードで、レイナを静かに見つめていた。

「レイナ。お前には、もう一度『美しい女装子』に戻ってもらう。……ただし、今度は逃げるためやない。あいつらの目を逸らし、通天小町の深部へ潜り込むための『囮』や」

​ 立花が戻り、二人の「決戦のメイク」が始まった。

 工藤の顔に、立花の手によって濃密なファンデーションが塗り重ねられていく。武骨な顎のラインをシャドウで削り、太い眉をコンシーラーで消す。そこに描き出されるのは、慈愛と狂気を孕んだ異形の聖母、クミの再誕だった。

​「……できたわ。クミさん、鏡を見て」

 立花の声に、工藤が目を開ける。

 鏡の中にいたのは、東京での激闘を経て、より一層凄みを増した「クミ」だった。ボサボサだったブロンドのウィッグは丁寧に整えられ、その唇には、血のような真っ赤なルージュが引かれている。

​「……よお似合っとる。これで、通天閣の神さんも驚くわな」

 工藤は立ち上がり、14cmヒールに足を滑り込ませた。床を叩く硬い音。その響きは、もはや迷いなど一切ない、処刑人の足音のようだった。

​「レイナ、準備はええな? 立花、お前はアネックス側から回れ。……通天小町を、あいつらの終着駅にしたる」

​ 新世界の街灯が灯り始める頃、三人の影はカサンドラを後にした。

 道すがら、「スギドラッグ」の入り口で、店員がさりげなくクミに目配せをする。その手には、護身用の防犯スプレーが握られていた。街全体が、呼吸を合わせるようにして、静かに牙を剥き始めていた。

​ 目指すは、すべての始まりの場所。

 桃色のネオンが妖しく光る、通天小町の自動ドア。

 

 

​通天小町の包囲、談話室の罠

 

​ 新世界の夜に、あの桃色の自動ドアが左右に開く。

 190cmの巨躯、深紅のドレスを纏ったクミが、再びその土を踏んだ。14cmヒールの鋭い音が、大理石の床に「カツン」と乾いた宣戦布告を刻む。

​ クミの隣には、かつての輝きを取り戻したかのように美しく装ったレイナがいた。彼女の表情は、もはや怯える逃亡者ではない。自らの過去にケリをつける者の、静かな覚悟に満ちていた。

​「……いらっしゃい。お待ちしておりましたわ」

 受付のスタッフが、無表情に、しかしどこか敬意を込めて頭を下げた。新世界の住人たちにとって、この「通天小町」で始まった事件を終わらせる権利があるのは、この二人しかいないことを理解しているのだ。

​ クミたちはまず、2階のアネックスエリアへ足を踏み入れた。

 そこは迷路のように個室が並び、各所に設置された談話室には、大型テレビやダーツ、自動販売機が並んでいる。一見すれば平和な休憩室だが、今夜は空気が違う。

​「クミさん、3階のVIPルームへ通じる隠し階段の前に、三人の男がいます」

 背後のインカムから、立花の鋭い声が届く。彼女は既に別ルートから潜入し、パウダールームの死角から館内を監視していた。

​「……掃除屋の残党か。礼儀を知らん客には、クミちゃんが直々に接客したるわ」

 クミは談話室のソファーにゆったりと腰を下ろし、わざとらしく煙草をくゆらせた。

 すると、影から現れた黒スーツの男たちが、殺気を放ちながらクミを取り囲む。

​「……工藤刑事、いやクミさんと言ったかな。そのSDカードと、女を渡してもらおう。そうすれば、あんたの命だけは助けてやる」

​「……命助けてもらうほど、安売りしとらんわ。それより、この『通天小町』のルール、知っとるか?」

 クミは煙を男の顔に吹きかけ、立ち上がった。

​「ここはな、外の世界の身分も名前も通用せん『聖域』や。ここでの序列は、どれだけ自分の正体を守り抜けるかで決まるんや。……お前らみたいな、組織の看板背負っただけの連中に、この迷宮の出口は見つけられんぞ」

​ 次の瞬間、クミは談話室の重厚なガラステーブルを、14cmヒールの片足で一気に蹴り上げた。

 ガラスが砕け散る音とともに、クミの拳が男の鼻梁を砕く。

​「立花! 談話室の電気を落とせ! レイナ、今のうちにVIPルームの302号室へ走れ!」

​ 暗転する館内。ダーツボードのネオンだけが明滅する中、通天小町は、その複雑な三層構造を活かした「狩り場」へと変貌した。

 

 

​302号室の再会、壁の中の真実

 

​ 暗転した館内、非常用ライトの淡いピンク色だけが廊下を照らしている。

 レイナは息を切らしながら、3階VIPエリアの最奥、302号室の前に立っていた。かつて血の気が引く思いで駆け出したこの場所へ、自分の足で戻ってくるとは夢にも思わなかった。

​「……ここなのね」

 震える手でカードキーを差し込む。電子音が響き、重厚な扉が開いた。

 室内は完璧に清掃され、あの日流れた血の匂いも、竹内の断末魔も消え去っている。だが、レイナにははっきりと見えていた。床に横たわる影と、自分の手に残ったあの嫌な感触を。

​「レイナ、急げ! 1階の連中が階段を突破しよったぞ!」

 インカム越しにクミの怒号が飛ぶ。アネックスで暴れていたクミも、多勢に無勢、徐々に上の階へと追い詰められている。

​ レイナは壁際に駆け寄り、ベッドボードの裏側を探った。

 竹内は生前、酒に酔うと自慢げに話していた。『俺が死んでも、俺の魂(タマ)はこの迷宮の壁の中で生き続ける』と。

 防音が完璧なこの部屋は、壁が二重構造になっている。レイナは装飾用のパネルの僅かな隙間に指をかけ、全身の力を込めて引き剥がした。

​ 石膏ボードの裏、断熱材の間に、古びた**「有松絞り」**の巾着袋が押し込まれていた。

 中には、デジタルデータではない、参事官・佐伯が何としても消し去りたかった「実物の帳簿」と、名古屋での致死事件を裏付ける音声レコーダーが収められていた。

​「見つけた……工藤さん、ありました!」

 レイナが叫んだ瞬間、背後のクローゼットの扉が静かに開いた。

​「……感心だな。警察より先に、君がそれを見つけるとは」

 暗闇から現れたのは、掃除屋のリーダーだった。彼は消音器付きの銃口をレイナに向け、薄笑いを浮かべている。

「それを渡せ。そうすれば、君を竹内の隣へ送る手間が省けるというものだ」

​「……断るわ」

 レイナは巾着を胸に抱きしめ、真っ直ぐに男を見据えた。

「これは私の罪の証であり、私の未来を奪った者たちの呪いよ。もう、誰にも渡さない」

​ 男が引き金に指をかけたその時、302号室の窓ガラスが凄まじい音を立てて砕け散った。

 外壁の非常階段から、深紅のドレスを翻し、14cmヒールを捨てて裸足になったクミが、猛獣のような勢いで飛び込んできたのだ。

​「悪いな、接客の途中やった。……302号室の『追加料金』、お前の命で払ってもらうぞ!」

 

 

通天閣を望む決闘、クミの脱皮

 

​ 砕け散ったガラスの破片が、高級感溢れる絨毯の上にダイヤモンドのように散らばった。

 裸足のクミは、その破片を厭うこともなく、掃除屋のリーダーに向かって突進した。深紅のドレスが血のように翻り、かつて400m走で鍛え上げた脚力が、狭い室内を爆発的な速度で駆け抜ける。

​「なっ、この化け物……!」

 男が銃口を向ける。だが、クミは最短距離でその腕を掴み、天井に向けて力任せに跳ね上げた。

 乾いた銃声。弾丸は無害なシャンデリアを打ち砕き、室内はさらに幻想的な光の礫に包まれる。

​「立花、今や!」

 クミの叫びとともに、パウダールームに潜んでいた立花が飛び出した。彼女は110mハードルで磨いた跳躍力でベッドを飛び越え、空中で反転しながら男の膝裏を正確に蹴り抜いた。

​ 膝をつく男。そこへ、クミの重い拳が沈み込む。

 それは単なる暴力ではなかった。新世界の静かな正月を汚し、レイナという一人の女装子の人生を弄んだ、巨大な権力の毒に対する怒りの鉄槌だった。

​ 男が完全に意識を失い、静寂が戻った302号室。

 窓からは、新世界の象徴である通天閣が、夜の闇の中で悠然と光り輝いているのが見えた。

​「……終わったな、レイナ」

 クミは荒い息を整えながら、レイナが抱きしめている有松絞りの巾着を見つめた。

「その中身があれば、もうお前は逃げる必要はない。竹内という呪いからも、参事官という影からも、自由や」

​ レイナは泣いていた。しかし、それは逃亡中の絶望の涙ではなく、ようやく自分の地面に足がついた安堵の涙だった。

​ 工藤は、汗で張り付いたブロンドのウィッグをゆっくりと剥ぎ取った。そして、破れたドレスの肩を外し、その下に着込んでいた「浪速署」の警察官としての自分へと戻るための、最後の脱皮を始めた。

​「クミさん……いえ、工藤さん。……本当に、ありがとうございました」

 レイナが深く、深く頭を下げる。

​「礼を言うんは、俺の方や。……お前のおかげで、俺も警察官としての『本当の正義』がどこにあるか、思い出すことができた」

 工藤は、裸足のまま窓枠に手をかけ、新世界の空気を深く吸い込んだ。

​「立花。本署に連絡しろ。……302号室の件、これにて完全解決や。それと、『やまと屋』に予約入れとけ。バッテラ三枚、特上やぞ」

​ クミという異形の姿を脱ぎ捨てた工藤の背中は、朝日が昇る前の淡い光の中で、かつてないほど大きく、そして無骨な刑事の誇りに満ちていた。

 

 

​やまと屋の朝、黄金色のバッテラ

 

​ 通天小町の自動ドアを出たとき、新世界の空は薄紫から黄金色へと変わり始めていた。

 工藤は、破れたドレスの上にジャンパーを羽織り、カツラを脱ぎ捨てた短髪の頭で、堂々と新世界のメインストリートを歩いた。その横には、泥に汚れたドレスを誇らしく纏った立花と、大切な巾着を抱きしめたレイナがいる。

​ 早朝から暖簾を掲げる「やまと屋」。

 カウンターに三人が座ると、大将は何も聞かずに、熱い上がりと、握りたてのバッテラを三枚、無造作に置いた。

​「……おう、お帰り。えらい派手な格好で、ええ仕事したみたいやな」

 大将のぶっきらぼうな声が、何よりも温かい。

​ 工藤は、透き通るような白板昆布が乗ったバッテラを一つ、口に運んだ。

 酢締めの鯖の旨味と、シャリの甘み、そして昆布のまろやかさが、数日間の緊張で干からびていた胃袋に染み渡っていく。

​「……旨いな」

「……はい。本当に、美味しいです」

 レイナも、小さく口を動かしながら涙を浮かべた。名古屋で食べた味噌カツも、松山の鯛めしも、東京の黒い蕎麦も、すべてはこの一口に辿り着くための旅だったのだと、彼女は今、確信していた。

​ 立花は、ようやく癒えた口元のヘルペスを気にすることもなく、大口でバッテラを頬張った。

「工藤さん、私……この仕事を選んで、本当に良かったです。110mハードルでは、ゴールしたら終わりでしたけど。刑事の仕事は、誰かの人生をゴールからもう一度スタートさせることなんですね」

​「……ええこと言うやんけ。せやけど、まずはそのドロドロのドレス着替えてから言え」

 工藤の冗談に、カウンターに小さな笑いが漏れた。

​ 店を出ると、「増田理容店」の主人がシャッターを開けていた。

「工藤さん、お疲れさん。……レイナちゃんも、またいつでも髪切りに来いや。今度は男前にな」

 主人の言葉に、レイナは真っ直ぐに頷いた。

​ 新世界は、何も変わらない。

 殺人事件が起きようが、国家の陰謀が渦巻こうが、朝になればラジウム温泉に湯が沸き、スギドラッグには目薬を買いに来る客が並ぶ。その「変わらなさ」こそが、この街の聖域としての強さなのだと、工藤は改めて痛感していた。

​「よし、行こうか。本署でみんな待っとる」

 工藤が歩き出す。

 レイナは一度だけ、朝日を浴びて光る通天閣を見上げ、それから迷いのない足取りで、二人の刑事の間に続いた。

 

 

​春を待つ聖域、再編の季節

 

​ 「やまと屋」のカウンターで食べたバッテラの余韻を抱えながら、三人は浪速署へと向かった。

 道すがら、新世界の街はいつもと変わらぬ活気を見せていたが、その空気はどこか誇らしげだった。「スギドラッグ」の入り口で陳列を整えていた店員が、工藤の姿を見るなり小さくガッツポーズを作り、「増田理容店」の主人は、ハサミを置くこともなく目配せで「御苦労さん」と伝えてくる。

​ 浪速署の取調室。

 レイナは自ら椅子を引き、静かに座った。工藤が持ってきた「有松絞り」の巾着袋に入った原本、そして東京で確保したSDカードのデータが、既に検察へと回されている。

​「……レイナ。これでお前の長い冬は終わりや」

 工藤は、かつてクミとして彼女と過ごした時間を思い出しながら言った。

「竹内の件は、正当防衛として処理される可能性が極めて高い。お前が名古屋で背負わされた理不尽も、この資料が全部ひっくり返してくれる」

​ レイナは、化粧を落とした素顔で微笑んだ。その瞳からは、逃亡中に漂っていた「死の影」が消え、新しい命の灯がともっている。

「工藤さん、私……しばらくは塀の中でもいいんです。そこは、私にとっての『新しい聖域』になる気がするから。自分を偽らず、自分の犯した恐怖と向き合える場所」

​ 一方、署の廊下では、立花が上司からの「異例の訓戒」を受けていた。潜入捜査のルールを逸脱したことへの形式的な叱責だが、その実、署内は「二人の若手とベテランが、警察庁の巨大な膿を出し切った」という賞賛の空気で溢れていた。

​「立花、ヘルペス……もう大丈夫そうやな」

 廊下に出てきた工藤が、彼女の晴れやかな顔を見て笑った。

​「はい! もう、どんな障害物も怖くありません。工藤さん、私……次は、自分の足で『14cmヒール』を履かなくても、クミさんのような強さを持てる刑事になりたいです」

​ 二人は署の窓から、遠くそびえる通天閣を眺めた。

 新世界には、春を待つ静かな風が吹き始めている。カサンドラのマダムも、田園の従業員も、難波の「小悪魔」の仲間たちも、皆、この街のどこかで、それぞれの「性(さが)」と「誇り」を抱えて生きていく。

 

 

​新世界の約束、通天閣の空

 

​ 浪速署の玄関前。正式な送検の手続きを前に、レイナは短い「自由な時間」を許された。工藤と立花、そしてレイナの三人は、夕暮れに染まる新世界の街角に立っていた。

​ 通天閣のネオンが灯り始める。

 かつてレイナが「墓場」と呼んだ東京の景色とは違い、ここの光はどこか雑多で、どこか懐かしい「生活の匂い」がした。

​「工藤さん、立花さん。……私、新世界に帰ってきて本当に良かったです」

 レイナは、かつて竹内を突き飛ばしたあの夜の絶望を、今はもう遠い昔のことのように感じていた。

「『通天小町』は私にとって、過去を殺す場所でした。でもこれからは、本当の自分を育てる場所だと思って、生きていきます。……いつか、私が戻ってきたら、またあの店でバッテラ、食べさせてくれますか?」

​「当たり前や。大将に言うて、特注の『レイナ盛り』でも作らせたろ」

 工藤は照れ隠しにタバコに火をつけた。その指先には、もはや「クミ」としてのネイルの名残はない。しかし、彼の心には、14cmヒールで見上げた視界の広さが、消えない誇りとして残っている。

​ 立花が、レイナの手を優しく握った。

「レイナさん、待ってます。私が一人前の刑事になって、次に会う時は、捜査じゃなくて、一人の友達としてスナック『カサンドラ』に遊びに行きますから」

​ その時、街のスピーカーから聞き慣れたメロディが流れ始めた。新世界の住人たちが愛する、少し物悲しくも温かい夕暮れの合図だ。

​ レイナを乗せる護送車がやってくる。

 彼女は一度も振り返ることなく、しかし凛とした背筋で車に乗り込んだ。車窓から見えた彼女の瞳は、これまでのどの「変身」よりも美しく、透き通っていた。

​ 車が雑踏に消えていくのを見送ると、工藤は大きく伸びをした。

「……さて、立花。俺たちの仕事は、ここからまた始まるぞ。明日からは『クミ』やのうて、泥臭い浪速署の刑事に戻るんや」

​「はい! 工藤さん。……でも、たまにはヒールを履いた時の、あの視界が恋しくなるかもしれませんね」

​ 二人は、笑いながら歩き出した。

 新世界ラジウム温泉の煙突から、一番風呂の煙が立ち上がる。

 メガドンキの騒がしい音楽が響き、スギドラッグの看板が夜の闇を照らし出す。

​ 新世界。

 ここは、迷い込んだ者が自分を見つけるための迷宮。

 そして、明日へ向かう者が一休みするための、最後の「聖域」。

​ 工藤と立花の物語は、また新しい事件の予感を孕みながら、深い夜へと溶け込んでいった。

 

 

※この物語はフィクションです。

※95%AIで書かれています。

 

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