ユリブロ

女装子ゆりのブログ

 

 

小説『通天小町殺人事件』④

 

メガドンキの変身

 新世界の喧騒の端に位置する「メガドンキ」。深夜まで明かりが消えないその巨大な店舗は、多国籍な言語と大音量のBGMが渦巻く、カオスな迷宮だ。

​ 工藤と立花は、あえて深夜のフロアに降り立った。目的は、誰の目にも止まらない「変身」を遂げるためだ。

​「工藤さん、本当にやるんですね」

「ああ。中途半端な化け方じゃ、あの街の闇には溶け込めへん」

​ 工藤はまず、衣料品コーナーで最も安っぽい、しかし目に痛いほど鮮やかなスカイブルーのワンピースを手に取った。伸縮性のある素材だが、工藤の広い肩幅を強調し、裾からは元400m走選手としての隆起した大腿四頭筋が不自然に突き出す。

​ 次に選んだのは、派手なブロンドのウィッグだ。手入れのされていないバサバサの質感が、むしろ「身だしなみに無頓着な、生活に疲れた女装子」のリアリティを生む。

​ そして仕上げは、シューズコーナーの片隅にあった、特大サイズの14cmピンヒール。

 工藤がそれを履き、立ち上がった瞬間、周囲の空気が物理的に圧迫された。176cmの身長にヒールが加わり、その頭頂部は190cm近くに達する。

​「……どうや、立花。警察官の工藤に見えるか?」

 鏡の中に映っていたのは、刑事としての威厳をどこかに置き忘れてきたような、異形の大女だった。メイクもあえて武骨に、青白い髭剃り跡を隠しきれない厚塗りのファンデーションで塗りつぶしている。

​「いえ、正直……工藤さんと言われなければ、目を逸らして逃げ出したくなるような迫力です。まさに『クミ』ですね」

 立花も、潜入用に揃えたシックな黒のドレスに着替えていた。普段の地味な私服警官の面影はなく、夜の街に咲く一輪の毒花のようだ。

​「これでええ。綺麗に化けるのが目的やない。街の風景を壊すほどの『異物』になることで、相手の警戒心を麻痺させるんや」

​ クミとなった工藤は、不慣れな高ヒールで一歩踏み出した。足首に鋭い緊張が走るが、その不安定さこそが今の自分には相応しいと感じる。

 

 メガドンキの自動ドアが開くと、そこには深夜の新世界の路地が口を開けていた。

 浪速署の刑事・工藤は死んだ。今ここにいるのは、逃亡者レイナの孤独を追うための、異形の同行者「クミ」だ。

​「よし、行くぞ。……まずは難波の『小悪魔』や」

 

 

​難波・小悪魔の洗礼

 

​ 新世界からタクシーでわずか数分。難波の雑居ビルがひしめく一角に、その店はあった。

 看板には、淡い紫のネオンで「女装ルーム 小悪魔」とだけ記されている。一般の客を拒むような、しかし一度足を踏み入れればすべてを肯定してくれるような、独特の磁場を放つ場所だ。

​ エレベーターを降りると、そこには重厚な扉が立ちはだかっていた。

「工藤さん、……いえ、クミさん。行きますよ」

 立花が小声で促す。クミとなった工藤は、14cmヒールの音をわざと重く響かせ、扉を押し開いた。

​ 店内に流れるのは、少し懐かしい昭和のバラード。

 紫の照明の下、数人の女装子たちが静かにグラスを傾けていた。その空間に、190cm近い異形の「クミ」が現れた瞬間、店内の空気が一変した。

​「……あら、またえらいパンチの効いた新人が来たわね」

 カウンターの奥から、低く落ち着いた声がした。この店の主、美智子ママだ。彼女はクミの無骨なメイクと、はち切れんばかりの二の腕を一瞥し、ふっと口角を上げた。

​「いらっしゃい。……そっちの綺麗なお姉さんは付き添い? それとも、あんたの趣味?」

「妹や。……ここは、何でも受け入れてくれるって聞いたからよ」

 工藤は、あえて地声に近い、しかし少し野太く作った声で応じた。

​ クミはカウンターの端に座った。椅子の軋む音が、彼女の重量を物語る。立花はその横で、場に馴染むようにカクテルを注文した。

​「……ここに来る前に、新世界の通天小町を覗いてきたわ」

 クミが、わざとらしく酒を煽りながら切り出した。その名が出た瞬間、周囲の女装子たちの肩が微かに震えたのを、工藤の鋭い観察眼は見逃さなかった。

​「通天小町……。あそこは今、ちょっと騒がしいでしょ。あんた、あそこで誰か探してるの?」

 ママの瞳が、鏡越しにクミを射抜く。それは、客を見る目ではなく、獲物の正体を探る「門番」の目だった。

​「レイナって子。……あの子に借りがあってね。名古屋へ逃げたって噂を聞いたけど、あの子の本当の『港』はここだって聞いたから来たのよ」

​ 店内が、一瞬にして静まり返った。

 音楽のボリュームは変わらないはずなのに、そこにいる全員が息を止めたような、不自然な静寂。

 工藤は確信した。レイナは、確かにここへ来た。そして、この「小悪魔」という聖域は、警察が追っている殺人容疑者ではなく、傷ついた一人の仲間として彼女を送り出したのだ。

​「……レイナはもう、ここにはいないわ」

 美智子ママが、ゆっくりと煙草に火をつけた。

「あの子はね、あんたみたいな『無骨な優しさ』を持った人を待ってたのかもね。でも、遅かったわよ。あの子はもう、自分の過去を片付けに旅立ったわ」

 

 

​ママの沈黙と、竹内の遺恨

 紫の煙が、カウンターを漂う。美智子ママは、クミの武骨な指先と、その奥にある「何か」を計るように見つめていた。

​「レイナはね、この店に初めて来た時、折れてしまいそうなほど震えていたわ」

 ママは、氷の溶けかかったグラスを回しながら言った。

「あの子の美しさは、脆さの上に成り立っていたのよ。それを土足で踏み荒らしたのが、あの竹内っていう男」

​ クミは、黙ってウイスキーを流し込んだ。喉を焼く熱さが、捜査資料では読み取れなかった「現場の体温」を教えてくれる。

​「竹内は『純男(ジュンオ)』を気取ってあの子に近づいたけど、目的は愛でも何でもなかった。レイナがかつて名古屋・有松で、自分を押し殺して生きていた頃の『覚』としての過去……それを、あの子の新しい人生から剥ぎ取ろうとしたのよ」

​「……それで、通天小町まで追い詰めたわけか」

 クミの声が、少しだけ低くなった。刑事の顔が、厚塗りしたファンデーションの下で微かに動く。

​「竹内の遺恨は、レイナ個人への執着だけじゃないわ。あいつは、レイナの背後にいる『ある人物』を揺さぶるための道具として、あの子を利用していた節があるの」

 ママの視線が、付き人として控える立花へ、そして再びクミへと戻った。

「あんたたち、ただの知り合いじゃないわね。……でも、いいわ。レイナを本当に救いたいなら、あの子の故郷を見てきなさい。名古屋の大須にある『ステラ』。あそこのママなら、レイナの本当の始まりを知っているはずよ」

​ ママはカウンターの下から、古びたショップカードを差し出した。そこには、名古屋の繁華街にある老舗女装バーの名が記されている。

​「あの子は、自分を『殺人犯』だと思っているわ。竹内が倒れたあの瞬間、あの子の中で何かが死んだのよ。でもね、あの子が最後に私に言ったわ。『新世界を汚してごめんなさい』って」

​ クミは、その言葉の重みに耐えるように立ち上がった。190cm近い巨体が立ち上がると、店内には再び威圧感が戻ったが、今度はそこにある種の「悲哀」が混ざっていた。

​「……ありがとう、ママ。代金はこれに」

「いらないわよ。それは、レイナのこれからの旅費にでもしなさい。あんた、そのヒール……慣れるまで時間がかかるでしょうけど、脱がないことね。それが、今のあんたの『正義』なんでしょ?」

​ 店を出ると、難波の夜風がクミのウィッグを揺らした。立花が横に並び、そっと囁く。

「……工藤さん。名古屋です。レイナも、そして竹内の背後にいる『影』も、そこへ向かっています」

​「ああ。通天小町で始まった悲劇を、有松の絞り染めのように、真っ白に戻さなあかん」

 

 

​深夜の作戦会議、やまと屋のバッテラ

 

​ 難波の「小悪魔」を後にした二人は、日付が変わる頃、再び新世界の路地へと戻ってきた。

 190cm近い「クミ」と、ドレスアップした立花。深夜の静まり返った街では、その姿は昼間以上に異彩を放っている。だが、酔客の消えた路地裏の猫だけが、その正体を見透かすように鳴いた。

​「腹が減りましたね、工藤さん。……いえ、クミさん」

 立花が小声で言った。緊張と移動で、身体がエネルギーを求めている。

​「……あそこなら、この格好でも受け入れてくれるやろ」

 クミが指差したのは、馴染みの寿司屋「やまと屋」だ。深夜まで暖簾が出ているこの店は、仕事終わりの夜の住人たちにとっても最後の安息の地である。

​ クミが屈んで暖簾をくぐると、大将が驚いたように目を丸くした。

「……いらっしゃい。……お、おぅ、デカいお姉さんやな。奥、空いとるよ」

 大将は一瞬、常連の工藤刑事であることに気づきかけたが、クミが発する「余人を拒むオーラ」を察し、それ以上は何も言わずにカウンターの隅を指した。

​ クミは窮屈そうに椅子に腰を下ろし、厚塗りのファンデーションに隠された唇を動かした。

「……バッテラ。それと、赤出汁な」

​ 運ばれてきた「巻きバッテラ」。酢飯の酸味と鯖の脂、そして薄い昆布の旨みが、乾いた喉に染み渡る。工藤は刑事として何度も食べたこの味を、今は「クミ」という仮面の裏で噛みしめていた。

​「立花、ええか。名古屋に行けば、俺たちの後ろ盾はなくなる。浪速署の刑事やなく、ただの『クレイジーな二人組』や。相手が竹内の背後の闇やとしたら、正攻法じゃ消されるだけやぞ」

 クミはバッテラを口に放り込み、低い声で続けた。

「……有松のメモ。あれは、竹内がレイナを脅すための道具やなかった。レイナという『盾』を使って、真犯人を脅し返すための『武器』やったんや」

​「……竹内は、その武器の扱いに失敗して、自爆したというわけですね」

 立花は赤出汁を啜りながら、名古屋・大須にあるという「ステラ」の住所をスマホに叩き込んだ。

​ 食事が終わる頃、大将がさりげなく「お土産や、道中で食べな」と、竹の皮で包まれたバッテラを差し出した。

「……おおきにな、大将」

 クミは野太い声で礼を言い、14cmヒールの音を響かせて店を出た。

​ 見上げる通天閣は、深夜の闇の中で静かに佇んでいる。

 明日、この街を離れれば、次はいつ戻れるかわからない。工藤は丸めたスギドラッグのレシートを道端のゴミ箱に捨て、覚悟を新たにした。

​「行くぞ、立花。名古屋の風を食らいにな」

 

 

​さらば新世界、のぞみ104号

 

​ 深夜の新世界。人影まばらな路地に、14cmヒールの足音が重く、そして規則正しく響いていた。クミとなった工藤と、静かに寄り添う立花。二人は新大阪駅へと向かうタクシーを拾うため、大通りへと歩を進めていた。

​ 「新世界ラジウム温泉」の角を曲がろうとしたその時、暗がりに人影があった。

​「……工藤さん。いや、今は『クミさん』とお呼びしたほうがええかな」

​ 立ちはだかったのは、増田理容店の店主・増田だった。彼はいつもの白衣ではなく、厚手のジャンパーを羽織り、小さな紙袋を抱えていた。

​「増田さん。……見ての通りや。俺は刑事の看板を置いたわ」

 クミが低い声で答える。増田は工藤の異様な姿を笑うこともなく、ただ深く頷いた。

​「分かってます。あんたみたいな不器用な男が、そこまでしてこの街の住人を守ろうとしとる。……これは、うちの店に立ち寄る連中からの『餞別(せんべつ)』ですわ。レイナちゃんに会うたら、渡してやってな」

​ 手渡されたのは、新世界の住人たちが少しずつ出し合ったであろう、ありふれた喉飴や小銭、そして一通の手紙だった。

「……おおきにな。必ず届ける」

 クミは武骨な手で、その重みを受け取った。

​ タクシーに乗り込み、車窓から遠ざかる通天閣を眺める。街全体が共犯者となり、レイナを逃がした。そして今、その「共犯」の末端に、自分たち刑事も加わろうとしている。

​ 新大阪駅、午前6時。始発に近い「のぞみ104号」のホームは、出張族の群れで殺伐としていた。その中で、190cm近いクミの姿は、周囲の視線をナイフのように集めた。

​「立花、ええか。名古屋に入ったら、俺たちはもう浪速署の刑事やない」

 クミはホームの売店で買った目薬を差し、充血した瞳を細めた。

「竹内が死に際に握りしめとった『有松』の呪いを、俺たちが解く。……それまでは、このヒールは脱がんぞ」

​「了解です、クミさん。……名古屋の朝は、大阪より冷えるそうですよ」

 立花は元ハードル選手らしい、しなやかな足取りで車内へと乗り込んだ。

​ 新幹線が静かに加速し、大阪の街並みが流れていく。

 竹内が持ち込んだ毒、レイナが背負った悲鳴、そして警察内部に潜む影。

 すべての因縁を乗せて、列車は中京の地へとひた走る。

 

※この物語はフィクションです。

※95%AIで書かれています。

 

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