ユリブロ

女装子ゆりのブログ

 

 

小説『通天小町殺人事件』⑤

 

 

聞き込みの挫折、そして決別

 

​ 名古屋へ向かう「のぞみ」の車内。工藤(クミ)は、手元のスマートフォンで浪速署からの連絡をチェックしていた。

 公式な捜査本部の動きは、工藤の予想通り「停滞」の一途を辿っている。

​ 捜査一課の精鋭たちが、通天小町周辺の防犯カメラを洗い出し、近隣の住民にしらみつぶしの聞き込みを行ったが、得られた証言は「見ていない」「知らない」ばかり。新世界の住人たちにとって、警察の聞き込みは日常を脅かすノイズでしかない。ましてや、通天小町という「聖域」が絡むとなれば、彼らの口は重い鉛で封じられたも同然だった。

​「……工藤さん、署の方では私のことも『体調不良による休暇』で処理されているようです。でも、いつまでも隠し通せるものじゃありません」

 隣に座る立花が、小声で囁く。彼女の指先は、緊張からか無意識にカバンのストラップを強く握りしめていた。

​「ええんや。俺たちはもう、組織の駒として動く時間は終わった。ここからは、あの竹内が何をしようとして、レイナが何に絶望したのか……それを『個人の執念』で追いかける」

​ 工藤は、車窓に映る自分の姿を眺めた。

 ブロンドのウィッグ、不自然に強調された肩幅、そして厚塗りの化粧。

 刑事の看板を捨て、異形の女装姿となった自分。この姿でなければ、新世界の住人たちが最後に寄せてくれた「信頼」に応えることはできない。

​「竹内は強請り屋やったが、その執念はプロやった。あいつが握っていた『有松の過去』。それが名古屋の警察内部にまで根を張っているとしたら、俺たちが浪速署の刑事として乗り込んだ瞬間に、レイナは消される」

​ 新幹線が京都駅を過ぎ、いよいよ滋賀の雪景色を抜けて、愛知県へと入っていく。

 名古屋駅に降り立てば、そこは竹内のホームグラウンドであり、レイナにとっては捨て去ったはずの忌まわしき故郷だ。

​「まずは大須や。あそこの老舗女装バー『ステラ』。そこに、レイナが『覚』だった頃の断片が残っているはずや」

​ クミは、14cmヒールの中に押し込められた自分の足を一度強く踏み締めた。

 刑事をやめるのではない。真実を追うために、より「深い場所」へ潜るだけだ。

​ 列車が三河安城を通過し、名古屋到着のアナウンスが流れる。

 二人の本当の戦いが、今ここから始まろうとしていた。

 

 

​名古屋上陸、クミの威圧感

 

​ 新幹線を降り、名古屋駅のコンコースに降り立った瞬間、周囲の空気が一変した。

 大阪・新世界の雑多な喧騒とは違う、どこか整然としながらも、排他的な熱気。そのど真ん中を、190cm近い巨躯の「クミ」が14cmヒールを鳴らして闊歩する。

​ サラリーマンたちがぎょっとして道を空け、観光客が二度見する。クミのブロンドのウィッグが、エスカレーターの揺れに合わせて不自然に跳ねた。

「……工藤さん、いえ、クミさん。目立ちすぎてます。視線が刺さるようです」

 立花が小声で苦笑しながら、クミの大きな背中に隠れるように歩く。

​「ええんや、立花。これくらい浮いてたほうが、裏の奴らは『ヤバい奴が来た』と思って勝手に道を開ける」

 クミは武骨な指でサングラスを直し、駅構内を抜けて広小路通へと出た。名古屋の冬の風は、大阪よりも乾いていて冷たい。

​「まずは腹ごしらえや。名古屋の情報を食いに行くぞ」

 二人が向かったのは、駅から少し離れた場所にある老舗の味噌カツ店だった。昼食時の混雑した店内に、突如として現れた「山のような女装子」と「見惚れるような美女」のコンビ。客たちの箸が一瞬止まった。

​ 運ばれてきたのは、八丁味噌の甘辛い香りが立ち上る分厚い「味噌カツ」だ。

 クミはそれを豪快に頬張り、濃厚なソースの味を噛みしめる。

「……濃いな。新世界の串カツとはまた違う、逃げ場のないような重みや」

​「味だけじゃないですよ」

 立花は、店内のテレビから流れるローカルニュースを注視していた。

「名古屋の警察は保守的だと聞きます。もし竹内の背後にいるのがこの地の『権力』だとしたら、私たちの潜入は一刻を争います。大須の『ステラ』、夜を待たずに場所だけでも確認しておきましょう」

​ クミは最後の一切れを飲み込み、厚塗りのファンデーションに隠れた口元を拭った。

「ああ。竹内が強請りのネタにした『有松の過去』。その真相はこの街のどこかに埋まっとる。レイナがここへ戻った理由もな」

​ 店を出た二人は、地下鉄東山線へと向かった。

 名古屋の街を走る黄色の電車。その行き先は、かつてレイナが「覚」として生き、そしてすべてを失った場所へと繋がっている。

​「立花、行くぞ。次は大須の観音様へ挨拶や」

 

 

​大須観音、ステラの門番

 

​ 地下鉄鶴舞線の大須観音駅を降りると、そこには大阪・新世界とも難波とも違う、奇妙にねじれた活気があふれていた。

​ 古着屋、家電店、多国籍な屋台、そして歴史ある寺院。

 大須商店街のアーケードを、190cm近い「クミ」が練り歩く。ここではコスプレイヤーや奇抜なファッションの若者も多いためか、新大阪駅ほどの拒絶はない。だが、クミが発する「隠しきれない殺気」のような威圧感に、すれ違う人々は本能的に道を開けていく。

​「ここが名古屋の『深淵』か……」

 クミは武骨な顎で、立ち並ぶ店を指し示した。

​「クミさん、あそこです」

 立花が指差した雑居ビルの2階。色褪せた看板に、流れるような筆記体で「ステラ」と書かれていた。名古屋でも指折りの歴史を持つ老舗女装バーだ。

​ 狭い階段を上がると、重厚な木製の扉が立ちはだかっていた。クミは14cmヒールのつま先を一度整え、一気に扉を押し開いた。

​ まだ開店直後の店内。カウンターの奥で、紫色のドレスを纏った小柄な人物がグラスを磨いていた。「ステラ」のママ、真紀子だ。彼女はクミの巨体を見ても眉ひとつ動かさず、冷ややかな視線を向けた。

​「……悪いけど、うちは一見(いちげん)さんはお断りなの。特に、そんなに『警察の匂い』をさせてる方はね」

​ その言葉に、背後にいた立花が息を呑んだ。完璧に変装したはずのクミの正体を、ママは一瞬で見抜いたのだ。

​「……警察の匂い? 勘弁してよ、ママ。私はただの、行き場を失った流れ者よ」

 クミは低い声で笑い、強引にカウンターの椅子に座った。椅子の軋む音が、沈黙を破る。

​「その体つき、その視線の配り方。……あんた、400m走でもやってた? 筋肉の付き方が素人じゃないわ。そして何より、その目。真実を暴こうとする奴の目よ。レイナを追ってきたんでしょ?」

​ ママはグラスを置くと、クミの目の前に水の入ったグラスを叩きつけた。

「レイナ――覚は、この店で生まれ変わったのよ。竹内みたいなクズに、あの子の人生をこれ以上汚させはしない」

​「……竹内は死んだわ。大阪の『通天小町』でね」

 クミが告げた瞬間、ママの瞳に激しい動揺が走った。

​「死んだ……? 誰があいつを」

「レイナよ。……だから私はここに来た。あの子がなぜ、あんな男に縛られなきゃならなかったのか。その『有松の呪い』の正体を教えてもらいにね」

​ ママは震える手で煙草を咥えた。店内に漂うのは、新世界の安っぽい煙草とは違う、どこか高貴で苦い香りがした。

 

 

​真実の絞り染め、有松の夜

 

​ 「ステラ」の店内を、紫の煙が満たしていく。真紀子ママは遠い目をして、カウンターの下に隠した古い写真を取り出した。そこには、絞り染めの職人着を着た、線が細くも意志の強そうな青年の姿があった。

​「これが、覚……レイナの元の姿よ」

 クミはその写真を手に取った。190cm近い巨躯の指先には不似合いなほど、その写真は脆く、儚い。

​「有松はね、歴史と伝統の町。でも、その美しさの裏には、古いしきたりと閉鎖的な人間関係がびっしりと張り付いているの。あの子はそこで、代々続く絞り染め問屋の跡取りとして、衆人環視の中で育ったわ」

​ ママの話によれば、5年前、有松の白壁の町並みで一つの事件が起きた。未解決のまま「不慮の事故」として処理された、地元の名士の転落死。竹内はその現場に居合わせ、当時まだ「覚」だった彼女が、その名士と激しく争っていた光景を、誰よりも鮮明に、そして悪意を持って目撃していたのだという。

​「竹内は警察じゃなかったけれど、警察以上に執念深かった。あの子が『女として生きたい』という切実な願いを抱えていることを知ると、それを餌に強請(ゆす)り始めたのよ。真実をバラされたくなければ、体も金も、人生のすべてを差し出せってね」

​「……それで覚は、逃げるようにこの大須へ、そして大阪へ流れたのか」

 クミの声は、もはや野太い演技を忘れ、刑事・工藤としての鋭さを帯びていた。

​「ええ。でもね、竹内が欲しがっていたのは覚の体だけじゃないわ。あの子の家、つまり有松の老舗問屋が抱えている『警察幹部との黒い繋がり』の証拠。それを引き出すための鍵として、あの子を飼い殺しにしていたのよ」

​ 立花が横で小さく息を呑む。

 大阪・通天小町で起きた殺人は、突発的なパニックの結果ではなかった。5年もの間、絞り染めの布のようにじわじわと、しかし確実に絞り上げられてきたレイナの絶望が、あの302号室でついに決壊したのだ。

​「真実の絞り染め、か……。真っ白な布を、どす黒い嘘で染め上げたのは、竹内だけやなさそうやな」

 クミは立ち上がり、14cmヒールを鳴らして扉へ向かった。

​「ママ、レイナは今、どこにいる?」

「……有松よ。あの子、最後は自分の手で、あの町の汚れを洗い流すつもりなのよ。でも気をつけて。あの町には、竹内が飼っていた『別の犬』がまだうろついているわ」

​ 店を出た二人の前には、大須の冷たい夜風が吹き抜けていた。

 工藤の目には、犯人を追う刑事の光ではなく、一人の友を、その魂の呪縛から解き放とうとする男の執念が宿っていた。

 

 

​ラーメン福の洗礼、山盛りのもやし

 

​ 大須を後にした二人は、名古屋市郊外へとタクシーを走らせた。向かったのは、黄色い看板が夜道に浮かび上がる「ラーメン福」。カウンターのみの店内に、豚骨醤油の芳醇な香りが充満している。

​ ここでクミ(工藤)は、かつての合同捜査で顔見知りとなった愛知県警のベテラン、佐藤と待ち合わせていた。

​「……よう、工藤。……いや、その姿は何の冗談だ?」

 先に座っていた佐藤が、クミの190cm近い巨体を見上げ、吹き出した。

​「冗談やない、命懸けのコスプレや。佐藤、笑う前にこいつを片付けさせてくれ」

 クミの前に置かれたのは、器から溢れんばかりの「もやし」が山を成す、ラーメン福の名物だ。

 クミは武骨な手で割り箸を割り、山盛りの野菜をスープに沈め、麺を引きずり出す。

「……食えど食えど麺に辿り着かん。この街の隠し事と同じやな」

​ 野菜を頬張りながら、クミは声を潜めた。

「5年前、有松で起きた名士の転落死……あれ、事故で処理したんはどこのどいつや。竹内という男が、その件で警察内部の人間を強請っとった形跡がある」

​ 佐藤の顔から笑みが消えた。彼は周囲を気にしながら、ラーメンのスープを啜り、小声で応じた。

「……触れるな、工藤。あの件は県警上層部の『聖域』だ。当時、絞り染め問屋と癒着していた幹部が、事件の目撃証拠をもみ消したという噂はある。竹内はその証拠の『原本』をどこかに隠し持ち、それを盾に甘い汁を吸い続けていたんだ」

​「その原本を、レイナ……覚が持っている可能性があるんですね」

 立花が横から口を挟む。

​「ああ。竹内が死んだ今、その原本の行方がすべての鍵を握る。だが気をつけろ。その証拠を奪還するために、県警の一部が内密に動いている。工藤、お前がその格好をしているのは正解だ。刑事の面(つら)をして有松へ行けば、身内に後ろから撃たれるぞ」

​ クミは最後の一滴までスープを飲み干し、どんぶりをカウンターに置いた。

「……ご馳走さん。もやしの山は崩した。次は白壁の街の化けの皮を剥がしに行くわ」

​ 店を出ると、名古屋の夜空には冷たい星が光っていた。

 佐藤から渡されたメモには、有松の古い蔵が並ぶ一角にある、かつての覚の隠れ家――「クエスト有松」の名がが記されていた。

​「立花、行くぞ。有松の絞りは、絞れば絞るほど美しい模様が出るが、人間の執念も同じや。あいつを救うために、最後の一絞りをしに行く」

 

※この物語はフィクションです。

※95%AIで書かれています。

 

 

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