ユリブロ

女装子ゆりのブログ

 

 

小説『女装刑事クミ』⑬

 

 

再訪の松山、ダイヤモンドの誘惑

 大阪・南港からフェリーに揺られ、工藤と立花は再び松山の地を踏んだ。

 朝靄に包まれた松山観光港。潮風の匂いは以前と変わらないが、二人の肩にかかる重圧は、レイナを追っていた時とは異なっていた。手元には、浪速署の資料室から命懸けで持ち出した「裏の顧客リスト」がある。

​「……工藤さん。リストにあった『松山支部』の拠点、本当にあそこなんですか?」

 立花は、以前の潜入で着たドレスとは違う、機能性を重視したシックなセットアップに身を包んでいた。

​「ああ。表向きは道後の高級老舗旅館だが、その最上階にあるのが会員制ニューハーフヘルス『クラブダイヤモンドラブ』や。参事官連中の隠し口座は、ここの売上を通じて洗浄(マネーロンダリング)されとる」

​ 二人はまず、緊張を解くために伊予鉄道の路面電車に揺られ、道後温泉本館へと向かった。

 道後の街並みは、観光客の歓声と、時折聞こえる「坊っちゃん列車」の汽笛に包まれている。工藤はふと、前回レイナの孤独を追って浸かった湯船の縁を思い出した。あの時、彼女が守っていたルビーは今、検察の厳重な保管下にある。

​「……腹が減っては戦はできん。立花、まずはあそこや」

 工藤が指差したのは、松山を代表する名店、鯛めしの「秋嘉」だった。

 運ばれてきた「宇和島流」の鯛めし。新鮮な鯛の刺身を、特製のタレと生卵を混ぜた出汁にくぐらせ、熱々の麦飯にかける。

​「……うまい。出汁の甘さが五臓六腑に染みるわ」

 工藤はバッテラを食べる時と同じくらい真剣な目つきで箸を動かした。

「立花、この甘さはな、松山の人間の優しさや。だが、その優しさの裏で、組織はこの街の静寂を食い物にしとる。……今夜、潜るぞ」

​ 夜の帳が下りる頃、道後の温泉街は妖艶な光に包まれる。

 工藤は宿泊先のホテルで、再びあの「相棒」をトランクから取り出した。

 14cmのピンヒール。

 身長190cmを超える異形の女装姿、「クミ」の再臨である。

​「立花、準備はええか。今夜は『小悪魔』で教わった難波流の化け方、松山の旦那衆に見せつけてやれ」

​ 二人は、湯煙の向こうにそびえる、一般の観光客は決して近づけない会員制の重い扉へと歩みを進めた。

 

 

​クラブダイヤモンドラブの掟、支配人マダム・ルージュ

 

​ 道後温泉本館の裏手。観光客の喧騒がふっつりと途絶える坂の上に、その「要塞」はあった。

 老舗旅館を改装した会員制ニューハーフヘルス『クラブダイヤモンドラブ』。漆黒の門構えに、控えめなハート型のダイヤモンドのロゴが鈍く光っている。

​ タクシーから降り立ったのは、道後の夜風を切り裂くような190cmの巨躯。14cmヒールを履き、無理やり肉体を押し込んだドレスを纏った「クミ」である。その隣には、サユリ直伝のメイクで「冷徹な秘書」のオーラを纏った立花が、静かに従っていた。

​「……工藤さん、いえ、クミさん。視線が痛いほど刺さります」

 立花がインカム越しに囁く。門の左右に立つ黒服たちは、クミの異様な姿に明らかに動揺し、無線で奥へ連絡を入れている。

​「ええんや。普通にしてたら門前払い。こっちは『大阪から来た、手の付けられん大物』を演じ切るだけや」

 クミは武骨な手でカツラを整えると、受付の重い扉を蹴破らんばかりの勢いで開けた。

​ 店内に一歩踏み入れると、そこは外界とは隔絶された、金と欲望の吹き溜まりだった。高い天井からはクリスタルのシャンデリアが垂れ下がり、源泉かけ流しの湯気が、香水の匂いと共にフロアを漂っている。

​「……あら。松山の山には、こんな珍しい熊さんが住んでいたかしら?」

 正面のソファーから立ち上がったのは、深紅のチャイナドレスを着こなした女性。この店の主、マダム・ルージュだ。彼女の目は笑っていたが、その奥には新世界の住人にも通じる、地獄を見てきた者特有の冷徹な知性が宿っていた。

​「うちは会員制なの。大阪の浪速署の刑事さんが、わざわざ女装してまで来るような場所じゃないわよ、工藤さん」

​ 工藤は息を止めた。正体は既に割れている。だが、彼は怯まなかった。

「……マダム。あんたも佐伯の連中に、この店をいいように使われて辟易しとるんとちゃうか? 俺は石を取りに来たんやない。あんたの店を、汚い裏金から『解放』しに来たんや」

​ マダム・ルージュは一瞬、眉を動かした。

「解放? 笑わせないで。この『ダイヤモンド』は、その汚い金で輝きを保っているのよ。……でも、面白いわ。その14cmヒールで、うちの『試練』を耐え抜けるなら、帳簿のありかを教えてあげてもいいわよ」

​ マダムが指し示したのは、大浴場へと続く扉だった。

 そこでは、組織の監視役である「純男(ジュンオ)」たちが、新たな獲物を待ち受けていた。

 

 

​湯船の尋問、マダムの賭け

 マダム・ルージュに促され、クミと立花は『クラブダイヤモンドラブ』の奥、最高級の源泉が引かれた大浴場へと足を踏み入れた。

 そこは、湯気が幻想的な帳(とばり)を作る一方で、冷徹な利権を象徴する場所でもあった。広い湯船の縁に腰掛けているのは、組織の隠し資金を管理する地元政財界の重鎮、そして彼らを監視する組織の「純男」たちだ。

​「……誰だ、その異形は」

 湯船から一人の男が声を上げた。佐伯の側近であり、松山支部の資金洗浄を任されている元警視正の村上だ。

 クミは14cmヒールをカツカツと石床に響かせ、190cmの巨躯で彼らを見下ろした。

​「大阪・新世界の『クミ』や。マダムから、あんたらの不細工なツラを拝んでいけと言われてな」

 クミは武骨な所作で、あえて湯船のすぐそばにあるベンチにどっしりと腰を下ろした。

​「工藤……貴様、浪速署を追われてまだそんな格好をしているのか。滑稽だな」

 村上の嘲笑に、周囲の男たちも追随する。だが、クミの隣に立つ立花の目は、冷静に室内の構造を分析していた。

 ボイラー室に続く排気口、監視カメラの死角。そして、村上の足元に置かれた防水仕様のアタッシュケース。

​「滑稽なのはどっちや。温泉の効能で、あんたらの真っ黒な腹の内が洗えると思ったら大間違いやぞ」

 クミは不敵に笑うと、カバンから一冊の古いノートを取り出した。それは新世界の「増田理容店」で託された、三十年前の佐藤刑事が遺した捜査メモの写しだ。

​「村上さん。あんたの親父さんも、佐藤刑事の死に関わっとったな。……この石、ルビーだけやない。有松で消えた、もう一つの『真珠』。その行方を知っとるんは、あんただけや」

​ 村上の顔色が、湯気の熱気とは別の理由で赤黒く変わった。

「……マダム! こいつを今すぐ摘み出せ!」

​ その瞬間、マダム・ルージュが静かに手を叩いた。

 すると、浴室の天井から冷たい水が、まるで滝のように男たちの頭上へ降り注いだ。

​「あら、ごめんなさい。源泉の温度調節が狂ったみたい」

 マダムの皮肉な微笑み。それは、彼女が「組織」ではなく「工藤」側に賭けた合図だった。

​「立花、今や!」

 クミの号令と共に、立花は裸足で濡れた床を滑るように駆け、村上の足元のアタッシュケースを奪い去った。

「放せ! この……!」

 抵抗しようとする村上の腕を、クミの大きな手が岩のように掴み、湯船へと押し戻した。

​「村上さん、ここで溺れるか、それともシャバで裁かれるか……選ばせてやるわ」

​ 混乱する大浴場。

 工藤と立花は、松山の闇を完全に暴くための「最後の帳簿」を手に、出口へと向かって走り出した。

 

 

​焼肉「富久重」、最後の晩餐と誓い

 

​ 『クラブダイヤモンドラブ』の喧騒を離れ、道後の夜風を切り裂くように車を走らせた。奪い取ったアタッシュケースは立花の膝の上で重い沈黙を保っている。

 極限の緊張から解放された二人が向かったのは、松山市民が「ここぞ」という時に足を運ぶ名店、焼肉「富久重(ふくしげ)」だった。

​「……まずは食わんと、東京まで身体が持たん」

 工藤はクミのウィッグを脱ぎ捨て、地毛の短髪をかき上げた。店内は肉を焼く香ばしい煙と、家族連れの笑い声に満ちている。組織の刺客が潜む地下道とは正反対の、温かな「生」の匂いだ。

​ 運ばれてきたのは、松山特有の甘めのタレがたっぷり絡んだカルビとロース。

 工藤は一切れを網に乗せ、じっくりと焼き色がつくのを待つ。

​「立花、食え。松山のタレはな、疲れた身体に一番効くんや。この甘さが明日への活力になる」

 立花も、ドレスの肩を隠すようにジャケットを羽織り、豪快に肉を頬張った。

「……本当だ、甘い。でも、しつこくない。お米が止まりません、工藤さん」

​ 甘辛いタレが絡んだ肉を噛みしめるたび、アスリート出身の二人の細胞が呼び覚まされていく。新世界の「やまと屋」で食べたバッテラ、名古屋の「ラーメン福」のもやし……。各地の味を巡る旅は、そのままレイナという孤独な魂の足跡を辿る旅でもあった。

​ 食事の最中、立花がアタッシュケースの中身をそっと確認した。

「……工藤さん、帳簿の最後に、東京の会員制クラブ『RIBE』の名前があります。ここが、すべての資金が最終的に集まる『終着駅』のようです」

​「『RIBE』か……。そこには、参事官の佐伯さえも頭が上がらん本当の『主』がおるはずや。そいつを叩けば、レイナの親父さんの無念も、この長い逃亡劇も、本当の意味で終わる」

​ 工藤は最後の一切れを口に放り込み、麦茶を一気に飲み干した。

「立花。明日の朝、始発の特急『しおかぜ』で岡山へ出る。そこから新幹線で、一気に東京や」

​「はい! ……でも工藤さん、東京へ行く前に、もう一度だけ道後の湯に浸かっていきませんか? 身体中、焼肉の匂いがすごいです」

 立花の冗談に、工藤は今日初めて声を立てて笑った。

​ 松山の夜空には、穏やかな月が浮かんでいた。

 明日から始まる東京での最終決戦。それがどれほど過酷なものになろうとも、二人の絆は、この甘いタレの味とともに、決して揺るがないものへと進化していた。

 

 

※この物語はフィクションです。

※95%AIで書かれています。

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